環境適合型超音速推進システムの研究開発(ESPRプロジェクト) その4
逆火
予混合気の燃焼速度はその温度が高くなるにつれて速くなりますが、想定されている巡行時の燃焼器入口空気温度でも数十m/s程度と推定されるので、逆火は回避できるはずです。「ちょっと待ってください。プレミキサダクト壁面上では混合気の流速はゼロのはずですから逆火はどんな時にも起きることになりませんか?」 「いや、心配いりません。壁面上では壁への熱損失や反応のもとになる活性基が失活してしまうために火炎が存続できなくなります。逆火が起きるとすると壁面上の境界層の中ということになりますが、それは設計次第で回避できます。」。注意しなければならないのは、先に述べた旋回流れでは、ダクトの中心軸上に逆流や流速が極端に遅い領域ができやすいことです。
燃料と空気との促進や燃料の蒸発の促進、さらには燃焼室での火炎安定化には旋回流を利用したい、しかし逆火のリスクがある。このジレンマをどう克服したかですが、旋回方向が逆の大小のスワーラを同軸に組み合わせました。こうすることで中心軸近傍ではそれらの旋回成分が打ち消し合って非旋回流れとなり、他方、壁面に沿った外周領域には旋回が維持できるようになります。また、ダクトは、混合気の流速が燃焼室に向かって速くなるように断面が窄まる形状にしました。そうすることにより、ダクト壁面上の流速が遅い境界層もが押しつぶされ、逆火のリスクが抑制されます。
実は、最初のモデルでは、試験の途中、逆火で焼損してしまいました。成功した二次試作 モデルと同じように、基本的な点は抑えて設計したたつもりでした。二次試作モデルとの違いは、ダクト断面における燃料分布の一様化の観点から有利と考えて中心軸上にも小さな気流微粒化ノズルを配置し、そこからも燃料を噴霧できるようにしていたことです。この燃料ノズルはスワーラを備えており、そのために中心軸付近に混合気流速が遅い領域が残ってしまったのが逆火の原因でした。中心軸上の燃料ノズルから燃料を噴射してもNOx排出レベルは実質的に差がなかったので中心軸上での燃料噴射は不必要と判断できました。祖結果、よりシンプルなプレミキサになりました。
自発点火
ディーゼルエンジンや均質混合気圧縮点火(HCCI)エンジンを思い浮かべてみると理解しやすいかと思いますが、高温、高圧になると混合気中で反応が進み、外部からのエネルギーなしに炎を発する現象です。燃料が高温高圧の空気中に噴射されてから自発点火が起きるまでには燃料の蒸発や発熱反応に至る時間が必要で、それを自発点火遅れと呼びます。
自発点火がダクト内で生じると燃料の蒸発や空気との混合が不十分ですから、局所的には高温の領域ができてしまい、NOxは減らないどころか増えてしまいます。自発点が起きるにはある遅れ時間が必要なのですから、自発点火がダクト内ではなく、燃焼室内で起きるようにすることはできるはずで、そうなれば理想的な燃焼が実現します。保炎についての配慮も不要になりますしね。
噴霧の点火遅れ時間に関する実験は、ディーゼルエンジンの点火に直接関係する事象なので、かなりの報告がありましたが、予混合予蒸発燃焼に係わる条件とは程遠い条件での実験であったことや、文献ごとに条件がバラバラなため、設計の参考にはなりそうもなかったので、データを取得しようと実験も行いました。点火遅れは、やはり装置依存性が極めて強いことがより一層明らかになりました。ちょうどその頃、自動車用エンジンの分野でもHCCI均質混合気圧縮点火の研究が進み、こちらは膨大な研究開発費が投入され、ある温度を超えても短くはならないという興味深い現象が報告され、その反応機構の解明が進むまでに進展していました。その結果も利用すると、ESPRエンジンの燃焼器の温度圧力での均質混合気の点火遅れ時間は2-3msと推定されました。液体燃料噴霧では蒸発による予混合気の温度低下や蒸発時間遅れもあるので、ダクト内滞留時間を1msで設計しておけば、ダクト内で自発点火を回避するには十分だと考え、混合気の凡その気流速度100m/sから予混合ダクトの長さを100mmにしました。この値は根拠がありそうで、実は適当なんだなとの印象を持たれそうですが、実エンジン相当条件で低NOxのポテンシャルを調べるための試験に使用するモデルの設計段階なのでご理解いただきたいと思います。
次回は、燃焼実験でのきれいな火炎画像をお見せしようと思います。(つづく)